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解説付き浮世絵ギャラリー

■時鳥うれしき一トこゑ(鰹)
 
 
  十二月の内 卯月 初時鳥  
     
      タイトル 時鳥うれしき一トこゑ  
    絵 師 三代歌川豊国  
    作画期 安政元年(1854)  
    判 型 大判三枚続  
    版 元 蔦屋吉蔵  
    解 説

 本図は、年玉印(注1)の中に「十二月の内 (月の名称)(事象)」と題した揃物(シリーズ)の一点「十二月の内 卯月 初時鳥」の異版です。
   ゴッホは、これと同じ図柄の三枚続を全て持っていた。(ゴッホコレクション No.238a)
   ゴッホは、これと同じ図柄の三枚続の内、中央図と左図の二枚を持っていた。(ゴッホコレクションNo.238b)

 この揃物は、各月の代表的な風物・事物を取り上げ三枚続の画面とし、四季折々移り変わる自然、それらと一体となった日本人の感覚・情緒を感じさせる描写となっています。卯月(四月の異称)は、現在の5月頃にあたり初夏の候となります。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」  (山口素堂注2)と詠まれているように、春に芽吹いた新緑が勢いを増し青々とした情景が目に映える頃、ほととぎすの初鳴きが聞こえます。初物といえばまず第一に江戸の人々が思い浮かべるのが、初鰹です。初物を食すと寿命が75日、初鰹に至っては750日延びるといわれていました。青葉は目(視覚)で、時鳥が耳(聴覚)で感じとる初夏なら、舌(味覚)で感じるものといえば初物の代表格、初鰹となります。
 初鰹はとても高値で「俎板に、小判一枚、初鰹」 (宝井其角注3)とか「女房を質に入れても初鰹」(作者不詳)と詠まれています。着物の一枚や二枚が買えたという初鰹ですが、それでもこの図が描かれた幕末ともなると大分手に入りやすくなったようです。
江戸時代の暦は旧暦ですから、卯月は現在の四月下旬から六月上旬頃に相当します。この錦絵では、卯の花が白い花を咲かせる頃、時鳥が鳴き始め初鰹の季節、初夏の代名詞とも言うべきものを取り上げ、日本人の季節感を大事にする粋な感覚が表現されています。大枚をはたいて買った初鰹、おかみさんが刺身にしようと(高価なものですから)包丁捌きも丁寧に鰹をおろし、もう一人は酒があれば更に旨さが堪能できると酒樽から片口と呼ばれる酒器に酒を注ごうとしているところ、けたたましい鳴き声(注4)に振り返れば窓の外に時鳥が飛んでいきます。時鳥の初音と初鰹で、二つの初物が揃い縁起の良い図となっています。異版として、同じ図柄でありながら題名だけが異なる図があります。図2はその例ですが、江戸の人々にとって初夏を告げる時鳥の初音が待たれているということがわかると思います。絵師の遊び心でしょうか、酒樽には年玉印の右半分が見えます。左図娘の簪の飾りは兎ですが、卯月の卯にかけて兎(う)としたものかもしれません。月に兎で"うつき"、うづき(卯月)の言葉遊びともとれます。
日本人の食文化―季節感を先取りし食すること、魚を生(刺身)で食べることなど―が西洋人特にゴッホの目には新鮮に映ったのかもしれません。日本文字を理解していたゴッホ(注5)なら、日本人の食に関する習慣など知りえていた可能性があるからです。ゴッホNo.246, No.372には刺身(切身)ではありませんが、大皿に盛った魚が描かれています。これら見た目にも美しく繊細な料理に興味を持ったのなら、それらを調理する図としてゴッホNo.238は貴重なものとなります。ゴッホ・コレクションには魚を調理する図はこの一点しかありません。
 ゴッホもこの図が気に入っていたらしく、三枚続き一揃い(ゴッホNo.238a)がありながらも、右図が一枚欠落した同じ図柄(ゴッホNo.238b)をもう一点所有しています。また、二点を比べると色の使い方が異なる為、版木が異なる異版として(浮世絵版画の研究用)ゴッホが所有していたものかもしれません。

注1  年玉印 : 年という字の草書体を円形に形取り意匠化したもので、歌川派を示す紋のようなもの。図1を参照。
注2  山口素堂 : 江戸時代前期の俳人、治水家。寛永19年〜享保元年(1642年〜1716年〉
注3  宝井其角 : 江戸時代前期の俳諧師。芭蕉門下第一の高弟といわれる。寛文元年〜宝永4年(1661年〜1707年〉
注4  鳴き声 : 時鳥の鳴き声は、決して美しいものでなく甲高い、騒々しいものといわれています。鳴きながら飛んでいくというのも他の鳥にはない特徴です。
注5  ゴッホの日本文字 : 五井野正画伯著、ゴッホの『向日葵』の復活〈第一編〉・〈第二編〉参照。ゴッホが日本文字の意味を理解し、自身の絵画の中にある意図を持って描いていたことが、わかりやすくも詳細に述べられています。

 

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